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下水・エネルギー・酸素

48 分前
読了時間: 5分

(下水とエネルギー 第1回)


下水にはさまざまな有機物が含まれています。


有機物は、自然界や水中に生息する生き物たちにとって大切な生命活動のエネルギー源です。しかし、生き物が有機物からエネルギーを取り出すためには、それを「酸素」と反応させて酸化分解しなければなりません。


ここで問題になるのが、水環境における酸素の希少さです。


大気中には約21%(約210,000 ppm)もの酸素が潤沢に存在しますが、水に溶け込める酸素(溶存酸素:DO)は、常温の水でせいぜい 8〜9 mg/L(わずか 8〜9 ppm)程度しかありません。気体と比べると桁違いに少ないのです。


そんな水の中に下水の有機物がそのまま大量に流れ込むと、微生物たちが一斉に有機物を分解しようとして、水中のわずかな酸素をあっという間に使い尽くしてしまいます。結果として水域は無酸素状態になり、魚や水生生物は息ができず、悪臭が発生して生活環境が破壊されます。だからこそ、下水に含まれる有機物は「水中の酸素を奪い、水生生物の生活を脅かす水質汚濁物質」として、下水処理場で責任を持って取り除かなければならないのです。


有機物が持つ「二つの顔」


しかし、見方を変えれば、話は180度変わります。


「酸素と反応させてエネルギーを取り出すことができる」ということは、下水に含まれる有機物は立派なバイオマスエネルギー資源でもあるということです。


実際、全国の少なからぬ下水処理場で、汚泥を嫌気性消化(メタン発酵)させてバイオガスというエネルギー源として回収し、発電や熱利用に有効活用しています。また、メタンガスにしなくても、汚泥から水分をしっかり除去(乾燥)してあげれば、汚泥自身が持つ有機物の熱量だけで立派に自燃(自活燃焼)します。


下水に含まれる有機物は、まさに「二つの顔」を持っていると言えます。


  1. 酸素と反応して有効なエネルギーを生み出す「エネルギー資源」としての顔

  2. 水中の貴重な酸素を奪い去る「水質汚濁物質」としての顔

そしてこの二つの顔は、「酸素」という共通の通貨を介して、表裏一体でしっかりとつながっているのです。


酸素1kgあたりの発熱量を計算してみる


では、有機物が完全に酸化(燃焼)されるときに「消費される酸素の量」と「発生するエネルギー(熱量)」の間には、具体的にどんな関係があるのでしょうか?


いくつかの身近な物質について、高校化学の知識を使って実際に計算してみましょう。


まずは都市ガスの主成分であるメタン(CH₄)。


CH₄ + 2O₂ → CO₂ + 2H₂O


メタン1モル(16g)が燃焼すると、低位発熱量で約 802 kJ の熱が出ます。このとき消費される酸素は2モル(64g)です。


発熱量を消費酸素の重さで割ってみると、


802 kJ ÷ 0.064 kg-O ≒ 12.5 MJ/kg-O となります。


次に、生物の代表的な糖であるグルコース(ブドウ糖:C₆H₁₂O₆)。


C₆H₁₂O₆ + 6O₂ → 6CO₂ + 6H₂O


グルコース1モル(180g)の燃焼熱は約 2,540 kJ、消費される酸素は6モル(192g)。


同様に割り算すると、


2,540 kJ ÷ 0.192 kg-O ≒ 13.2 MJ/kg-O。


油(脂肪酸)の代表としてオレイン酸(C₁₈H₃₄O₂)も見てみましょう。


C₁₈H₃₄O₂ + 25.5O₂ → 18CO₂ + 17H₂O


オレイン酸1モル(282g)の燃焼熱は約 10,580 kJ、消費酸素は25.5モル(816g)。


10,580 kJ ÷ 0.816 kg-O ≒ 13.0 MJ/kg-O。


質量(1kgあたり)の発熱量で見ると、メタンは約 50 MJ/kg、グルコースは約 14 MJ/kg、オレイン酸は約 37 MJ/kg と、物質によって数倍もの開きがあります。ところが、「消費される酸素の量」で基準化した途端、どれもこれも「酸素1kgあたり 12〜13 MJ 前後」という極めて狭い範囲にピタリと揃ってしまうのです。


以後、キリの良い数字として「酸素1kgあたり 12.5 MJ」と呼ぶことにしましょう。


これは新発見か?


この関係に私が気がついたのは、もう十年ほど前のことでした。


教科書に書いてあるのを見たことはありませんでしたが、「これはめちゃくちゃ便利だ!」と直感し、大学の講義で学生たちに紹介するようになりました。


私は生態学に関連する講義も担当しているのですが、生態系の中でのエネルギーフロー(太陽からの光エネルギーが植物の一次生産によって固定され、それを消費者が食べて動物の体になり……という流れ)を追うのに、この関係を使うと計算が非常にすっきりと整理できるのです。


しかし、便利である一方で、教科書にも載っていなければ、水処理の論文でも見かけない。


「もしかして、うまくまとめれば論文にできるんじゃないか?」と野心的な思いが頭をよぎる自分もいました。


ただ、その一方で冷静な自分も囁きます。


「いやいや、こんな簡単で美しい換算関係、世界の誰かが気づいていないはずがない。きっと誰かがとっくに知っていて、当たり前すぎて論文に書かずにこっそり使っているだけなんじゃないか?」


知っていてこっそり使っている張本人の一人は他ならぬ私自身だったわけですが、学生向けの講義で紹介する分には良くても、学会発表の壇上で堂々と使う勇気はありませんでした。(……と、今こうして文章を書きながら振り返ると、研究者としての私の心構えがちょっとグラついていたような気もして少し恥ずかしくなりますが。)


そして、生成系AIに聞いてみた


そんなモヤモヤを抱えたまま月日が流れ、ここ数年で生成系AIが急速に進化し、研究の日常的なツールとして浸透してきました。


ある日のこと、ふと思い立って生成系AI(Gemini)の入力欄に、長年の疑問を打ち込んでみました。


「有機物の発熱量が消費酸素量に比例して約12〜13 MJ/kg-Oになるのって、他の分野で何かの法則として知られていたりする?」


すると、Geminiから平然とこんな答えが返ってきたのです。


「それは『Thornton(ソーントン)の規則』として知られています」


……やっぱり新発見ではなかった!!


しかも調べてみると、イギリスのW. M. Thorntonが論文を発表したのは、なんと100年以上も前の1917年。私が生まれる遥か昔から、自然科学の世界で確立されていた大原則だったのです。



(第2回へ続く)



 
 
 

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